まえぞうのショートショートへようこそ。全部読み切りで、短い時間で読める小説です。ラジオドラマにも採用されています。少しの間、楽しんでいって下さい。

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2007年05月26日

新人投手

「野球をやってみないか?」

野球部の監督から誘われた。僕の肩の強さをかってピッチャーとしてスカウトしてきたのだ。実は僕は誰よりも速いボールを投げることができる。

「はい、やってみます」

 すぐに答えた。野球は人気スポーツなので今より注目されるだろうと思った。

「早速だが投球練習をしてみてくれ」

 監督に言われるままボールを投げてみた。

「凄い!噂通りの豪速球だ!コントロールもいい」

 監督が驚いたように言った。当然だ。今までやってきたスポーツで、凄い練習をしてきたのだから。

「今から紅白戦をするから投げてくれ」

 いきなり実戦練習をすることになった。僕は言われるままマウンドに立った。
 打者がバッターボックスに入る。それを見て第一球を投げた。

「デッドボール!」

 僕の野球人生の一球目は打者に当たってしまった。ボールが速過ぎて避けることもできなかったようだ。

 二人目
「デッドボール」

 三人
「デッドボール」

 四人目
「デッドボール」

 五人目
「デッドボール」

「もういい。投げるのは止めてくれ」

 監督にそう言われた。長年の癖は簡単に抜けるものではなかったようだ。僕の野球人生は四球で終わった。
 やはり無理だったのだろうか? ドッジボールから野球への転向は。


あとがき

2007年03月21日

完璧な野球選手

 グラウンドでは監督の胴上げが始まった。思わず目頭が熱くなる。私がプロ野球チームベアーズの球団代表に就任して初めての優勝だ。
 これも全て、あの博士のお陰だ。その時の記憶が蘇る。

『選手をひとりあずけて貰えないでしょうか? 一年でプロ野球選手として必要な能力を全て引き出してみせます。報酬は一億円で結構です』

 博士はそう言って私の前に現れた。うさんくさい気もしたが、低迷を続けるチーム状態を改善するために、藁にもすがりたい思いで承諾した。私は、ひとりの若手選手を一年間博士のもとに送り出した。
 一年後、その選手は見違えるように変わっていた。足も速く肩も強くなっていた。もちろん打撃や守備に関しても信じられないほどの能力を発揮した。どんなことをしたのかは分からないが、人間の持つ潜在能力を最大限に引き出したようだ。

 そして、今シーズンが始まった。
 その選手は、完璧だった。単に技術が優れているというだけではない。試合の流れを読む力、相手投手の心理状態や配球を読む力、それまでの全打席のデータを記憶し解析する能力、頭脳の面でも人間の限界を超えているようだった。優勝は、この選手のお陰と言ってもいい。三冠王で盗塁王、全てぶっちぎりの成績だ。おまけに他の選手を信じられないほどの牽引力で引っ張ってくれた。

(他にも感謝しないといけないことがあるな)

 この一年を振り返って、そう思った。例の選手は、性格まで変わったみたいだったのだ。ヒーローインタビューの受け答え、マスコミの対応なども完璧だった。印象的な言葉を巧みに使い、球団の人気アップにも大きく貢献してくれた。ファンサービスも素晴らしかった。

『プロ野球選手として必要な能力を全て引き出してみせます」

 博士の言葉が蘇る。今になって気がついた。プロ野球選手として必要な能力とは、野球技術だけではなかったのだ。マスコミ対応やファンサービスも、博士の言うプロ野球選手に必要な能力に含まれていたのだ。
 おかげで、入場者数も急激に増加し、球団開設以来初めての黒字になったほどだ。例の選手がいる間、この人気は続き、黒字も続いていくだろう。一億円は安い買い物だった。


 実は『プロ野球選手に必要な能力』は、それだけではなかった。そのことに気付いたのは、三ヶ月後の契約更改の場だった。そこには、豊富なデータを巧みに使い、卓越した交渉力で年俸アップを求める例の選手がいた。どれほど、優秀な代理人でもこれほどの交渉力はないと思えるほどだ。球団は、彼の主張を認めるしかなかった。

 どうやら、球団の黒字はこの一年だけになりそうだ。


あとがき

2007年01月22日

約束のホームラン

 九回裏、ツーアウト満塁、三点差で負けている場面。ここで俺に打席が回ってきた。これは、神様がくれたプレゼントだと言う気がする。正直、諦めていたのだ。今日はもう打席が回ってこない、ケンジとの約束は果たせないと。
 ケンジは俺の息子で、小学三年生。毎日だらだらと過ごしている出来の悪い息子だ。

「お前、勉強したのか?」

「ん? してないよ」

「してないよって、そんなんじゃ将来困るぞ。もっと頑張らなくちゃ」

「頑張ってもいいことあるかどうかも分からないよ。それだったら、頑張る必要ない」

 昨日のケンジとの会話だ。ケンジは勉強だけじゃない、何一つ努力することがないのだ。小学校三年生だというのに、縄跳びも跳べない、鉄棒もできない、もちろん自転車にすら乗れない。何かを頑張るということを一度もしたことがないのだ。

「何言ってるんだ! 頑張れば何でもできる」

 俺は、ケンジに向かって言った。するとケンジが言い返した。

「本当に何でもできるの? それじゃあ、お父さん明日の試合でホームラン打ってよ。そしたら僕も頑張ってみる」

 俺は、返答に詰まってしまった。俺はプロ野球選手だが、パワーのある方ではない。打率も高く足も速いのだが、ホームランは年に一本か二本しか打てない。そんなタイプの選手なのだ。少し迷った後、ケンジと約束した。

「わかった。明日ホームランを打つ。そしたら、ケンジもこれから何でも頑張るんだぞ」

「うん、約束するよ。明日お父さんがホームランを打ったら、僕も頑張る」

「よし、男と男の約束だ」

 そして、今日の試合を迎えたのだ。ここまで四打席、ホームランを打つことができなかった。そして、そのまま打席が回らず試合が終了するのだと思っていた。しかし、神様がもう一度チャンスをくれた。それも、ホームランを打てば逆転、サヨナラ、満塁ホームランだという最高の場面だ。ここで打たなければ、男が廃る。

 相手のピッチャーが振りかぶる。俺は初球を思いっきり叩くと決めていた。ピッチャーの動きに合わせてタイミングを計る。
 ピッチャーが投げた。どんなコースか、どんな球種かも、全く分からない。俺はただ夢中で、思いっきりバットを振った。
 俺には打球音さえ聞こえなかった。しかし、しっかりと手応えが残っている。真芯で捉えた最高の手応え。
 球場中に歓声が響く。俺の打球は、レフトスタンドに向かって飛んでいった。そして、そのまま観客席に飛び込んだ。
 逆転、サヨナラ、満塁ホームラン! 思わず涙が溢れてきた。こんな場面で、ケンジとの約束が果たせたなんて。これで、ケンジも頑張って結果を残す喜びを知るだろう。

「アウト!」

 一塁ベースを踏もうとしたとき、審判の声が聞こえた。何が起こったのか分からない。

「ゲームセット!」

 また審判の声が聞こえた。一体どういうことだろう?
 一塁コーチが俺の肩をぽんと叩いて、囁くように言った。

「一塁ランナーが二塁ランナーを追い越したんだ……」

 前のランナーを追い越すとアウトになる。そして俺のホームランの記録も取り消されるのだ。もちろん、チームも負けだ。
 非常に残念だ。しかし、この姿をケンジも見ていた筈だ。頑張れば、非力な俺でもホームランが打てることをちゃんと証明した。たとえ記録には残らなくても、俺はホームランを打ったのだ。頑張れば成果がでる、そのことをケンジは学んでくれた筈だ。

 そのお父さんの姿を見たケンジ君は学んだ。世の中は、頑張って結果をだしても、人に足を引っ張られて報われないという真実を……。


あとがき

2006年07月30日

消える魔球

 高校生の時、ひょんなことから消える魔球が投げられるようになった。手元を離れたボールが完全に消え、ホームベース上で再び現れるのだ。
 昔、マンガで読んだ消える魔球は、見えなくなるだけのものだった。しかし、俺が投げる魔球は、見えないだけではなく本当に消えているようだ。消えている間、この空間に存在していないのだ。
 俺は、とにかく驚いた。何故、こんな現象が起こるのか、どうしても知りたくなった。それから、俺の人生は消える魔球の理論解明一筋となった。
 消えたボールはどうやら、異空間に移動しているらしいことは分かった。しかし、何故異空間に移動するのかは全く分からない。これが判明すると、ノーベル賞級の大発見になるのだが、研究は全く進まない。ボールの回転と、摩擦による静電気、地球の磁場、色んな要素が複雑に絡まっているようだ。研究が進まないまま、時間だけが過ぎていった。
 俺が消える魔球の研究を開始して、五十年が過ぎた。結局、何の成果も得られなかった。私財も時間も全て研究につぎ込んだ。俺の人生には、結局何もなかった。他の人が味わうような幸せなど、何一つなかった。
 それも、全て消える魔球のせいだ。あの魔球と出会うことがなければ、俺の人生が狂うことも無かった筈だ。
 こんな俺にも昔は夢があった。プロ野球選手になりたいという夢が。それもこれも、あの魔球と出会ったせいで、無惨に壊れてしまったのだ。


あとがき

2006年06月18日

イエローカード

「本日のサッカー中継は、アンタラーズ対インパルスの試合をお送りしています。前半30分を過ぎて、0対0ですがここまでの展開を観てどう思われますか?」

「完全に五分五分の展開ですね。この試合に勝った方が優勝に近づくと言うことで両チームとも気合いが入っています。かなり激しいプレイが続出してます」

「おーと、後ろからのタックルだ! 審判は当然ファールを取ります。そしてポケットに手を入れた。カードが出そうです。イエローカードか、それともレッドカードか。今、カードの色が見えた。あれは……」

「イエローでもレッドでもありませんね。どうやらオレンジカードのようですね」

「皆さんご存じのように、イエローカードは累積10枚で出場停止になるようルールが改正されました。レッドカードは一発退場。この大きな違いを埋めるために、イエローとレッドの間のカードが追加されたのです。オレンジカードは、累積5枚で出場停止です」

「ちょっと待ってください。オレンジカードでもないようですよ。私には山吹色カードに見えます。山吹色なら累積7枚で……」

「いや、私の目には薄柿色カードに見えるのですが、それなら累積…………」


あとがき

2006年05月26日

外野の誇り

 スポーツマンにとって、自分に対して誇りを持つことが重要だ。俺はこれまで外野一筋でプレーしてきた。この外野というポジションに誇りを持っている。世間では、外野は内野より一段低く見られている。運動神経のいい人間が内野で、それ以外の人間が外野だと思っている人もいる。確かに内野には機敏な動きが必要だということは認める。しかし外野だって誰でもできるポジションではない。ボールの落下点を見極め、素早く移動すること、確実にボールをキャッチし素早く投げること、そして肩の強さが要求されるのだ。
 俺は外野にプライドを持っている。これからも外野一筋でプレーして外野というポジションを極めるつもりだ。

「内野にはいってくれ」

 監督が俺に向かって言った。しかし、そんな言葉に従う訳にはいかない。自分自身を否定することになるからだ。俺はきっぱりと断った。
 すると監督が吐き捨てるように言った。

「こんな変わった奴初めてだ。ドッジボールで外野にこだわるなんて」


あとがき

2006年05月18日

アスリート用寿司屋

「ヤマダさん! 僕には何が足りないのですか? どうしたら、あなたのように……」

 僕は、プロ野球選手だ。体も大きく、素質は野球界でも一、二を争うほどだと言われている。そして、練習も欠かさない。誰よりも努力していると思っている。しかし、成績が上がらないのだ。一流選手と呼ばれるにはほど遠い。僕は、思い切って聞いてみた。超一流と言われているヤマダ選手に、秘訣を教わろうとしたのだ。

「常に練習を意識することだ」

 ヤマダさんから返ってきた言葉はそれだけだった。僕は反論した。

「僕は、やっています。寝ているときと食事以外はいつも野球のことを考えて過ごしています」

「分からないようだな。じゃあ、今日食事を付き合え」

 僕は驚いた。人付き合いが悪いと評判のヤマダさんが食事に誘ってくれたのだ。多分、ヤマダさんが人を誘うなんて初めてのことだろう。もちろん断るはずがない。

 練習後、僕はヤマダさんについていった。

「ここだ」

 ヤマダさんが入っていったのは、寿司屋だった。僕は後についていった。

「あ! ヤマダさん。いらっしゃいませ。ちょうど改良が済んだところです。以前よりパワーアップしていますよ。さあ、こちらへどうぞ」

 店の主人の案内に従って席に着いた。

「じゃあ、始めますよ」

 主人はそう言って、何やらスイッチを押した。ゴーンという音が響き渡る。

「確かに、前よりアップしているな。さあ、いくらでも食え」

 ヤマダさんが僕に向かって言った。

「でも、食えって言われても……」

「どうした? 食わないのか。じゃあ俺から食おう。まずは中トロだ」

 ヤマダさんはそう言うと、すっと中トロの乗った皿を手にした。

「す、すごい……」

 僕は、呆然とした。どうやったらあれが中トロだと分かるんだ。そして、あの手の動き。

「お前言ったよな。寝るときと食事以外は野球のことを考えているって。それじゃあ駄目なんだよ。食事も練習だ。こうやって食事すれば動体視力や反射神経の訓練になる」

「…………」

 何も答えることはできなかった。やはり超一流選手は違う。練習のために、こんな装置まで作るなんて。僕は愕然としたまま、超高速で回転する寿司の皿を見つめていた。


あとがき

2006年03月27日

魔球

 僕の名前はマイク。メジャーリーグのピッチャーだ。小さな頃から父親に英才教育を受け、剛速球と緻密なコントロールを身につけた。メジャーに上がってからも、ほとんど打たれることは無かった。しかし、最近は慣れられたのか、打たれることが多くなってきたのだ。

「このままではいけない。何か変化球を身につけなければ……」

 そう、速球だけの投球では限界がある。変化球が必要だ。並みの変化球では駄目だ。誰にも打たれることのない、メジャーリーグを超えるような変化球が欲しい。
 僕は新しい変化球を身につけるために、必死で努力した。そしてついに開発したのだ。メジャーリーグを超える魔球を。
 この魔球を始めて投げる相手は奴しかいない。僕の永遠のライバル、ジョンだ。待ちに待ったジョンとの対決がやってきた。

「行くぞ! ジョン」

「来い! マイク」

 僕はあの魔球を投げる。メジャーを超える威力を持った魔球を。

「行くぞ! ジャパニーズリーグボール一号!」

「何を! コリアンリーグ打法一号!」

 僕とジョンのメジャーを超えた戦いはこれからも続く……。


あとがき

2006年01月01日

コントロール

 俺は近所にある神社に来ている。元旦にここへ初詣に来ることは、毎年の恒例行事だ。

「今年こそ、一軍に上がれますように……」

 願うことも毎年同じ。
 俺はプロ野球の投手なのだ。でも、一度も一軍に上がったことがない。今年はプロ入り五年目。最後のチャンスかもしれない。
 俺の背番号は12。普通、二軍の選手が付ける番号ではない。一軍のエース級の投手の番号だ。この背番号をもらったことでも分かるように、俺は首脳陣から期待されている。しかし、その期待を裏切り続けているのだ。
 俺の投げるストレートは非常に速い。速いだけでなく威力もあるのだ。プロ野球界でも、1、2を争うほどだと言われている。これが、首脳陣から期待される原因だ。
 そして、一軍に上がれない原因も分かっている。コントロールが悪いのだ。いくら威力のあるボールを投げても、ストライクが入らなければ意味がない。

「今年こそ、絶対に一軍へ」

 その思いから、俺の背番号12にちなんで、賽銭の金額を一万二千円と決めた。まず、五百円玉四枚を取り出す。それを重ねて、一万円札で包んだ。これで、ちょうど一万二千円。

 それを、賽銭箱めがけて投げた。


「…………」


 どうやら、今年も駄目なようだ。
 

あとがき

2005年09月04日

ピッチングコーチ

 俺は、プロ野球の投手だ。今はまだ二軍生活だが、あと少しで一軍に上がれるだけの実力があると思っている。投球練習中、コーチが俺の方に近づいてきた。このコーチは現役時代、右のサイドスローで二百勝した大投手だった。しかし、正直俺はこのコーチが苦手だ。いや、俺だけじゃない、他の選手もコーチのことを煙たがっている。
 このコーチが嫌われているのには理由がある。右のサイドスローで二百勝しただけあって、サイドスローについては専門家だ。どのような投げ方がいいのか?、どんな変化球が有効か?、その投げ方は?、打者の攻め方は?、なんでもよく知っている。しかし、視野が狭く、他の投げ方については何も分からないのだ。俺のようにオーバースローの投手に対しては、なんのアドバイスもできない。コーチとしては無能なのだ。
 コーチが、更に近づいてきた。俺の方を見ている。まさか俺にアドバイスなんてことはないよな、などと思っていると、いきなり話しかけてきた。

「お前、サイドスローにする気はないか?」

 そうか、そういうことか。オーバースローでは、何のアドバイスもできないが、サイドスローに転向すれば奴の専門領域だ。コーチらしい仕事もできる。それで、サイドスローの投手を作ろうとしているのだ。多分、俺だけじゃない。他の投手にも同じことを言っているのに違いない。

「考えておきます」

 本当はサイドスロー転向なんて考える気もない。ただ相手は一応コーチの肩書きを持っている。角が立たないように、そう答えた。

「期待して待ってるよ」

 コーチはそう言い残して、俺から離れていった。

 俺が投球練習を終え、練習場を出て行こうとすると、代わりにジョージが入ってきた。今から投球練習を始めるようだ。ジョージは、俺と同期入団の投手だ。左の本格派で、ストレートの威力は一軍選手にひけをとらない。将来のエースだと期待されている投手だ。俺は、ジョージの練習を少し眺めることにした。
 ジョージが十球程度投げたとき、例のコーチが近づいてきた。ジョージの方を見ている。

(まさか、ジョージにもサイドスローを薦めるのか。これだけ速い球を投げる投手なのに。勿体ない。いくら何でもそれは酷い)

 そう思って見ていると、コーチがジョージに話かけた。

「お前、――右投げに転向する気はないか?」

 現役時代は右のサイドスロー。それ以外の投げ方を知らないコーチ。どうしても、自分の専門の投げ方に変えさせたいようだ。


あとがき

2005年03月26日

開幕戦

 プロ野球の開幕戦。ワイルドキャッツのトップバッター、シチローがバッターボックスに入った。

(こいつがシチローか…)

 俺はバックネット裏の席から、シチローを睨みつける。他のものは全く目に入らない。俺はこいつのためにわざわざ下界までやってきたのだ。
 シチローは野球史上最高のトップバッターと言われている。脅威的な動態視力と芸術的なバットコントロールで、四割を打つのは当たり前という打者である。そのシチローが、昨シーズン、とんでもない記録をうち立てた。なんと、シーズンを通して空振りが一度もなかったのだ。いくらなんでも、空振りゼロは異常である。このような異常な状態を許していては、野球という競技そのものが成り立たなくなる。それで、俺が野球の神によって使わされたのだ。二シーズン続けての空振りゼロを防ぐために。この開幕戦でシチローに空振りをさせるために。それにより、野球の秩序が保たれるのだ。
 チャンスは一度だけだ。シチローがバットを振り出すタイミングで俺が術をかける。すると、バットはボールにあたらない。
 もちろん、神の力を下界に及ぼすことは通常できない。しかし、野球の神は、一度だけ力を行使することを万物の神に願い出た。自らの進退をかけて…。最初は、万物の神は許さなかった。しかし、最後には野球の神の熱意に負けた。一度だけ、術をかけることを許したのだ。この一度のチャンスを逃す訳にはいかない。シチローを睨みつける。他のものは全く見えない。

 プレイボールがかかったのか、シチローがバットを構える。

(もう少しだ)

 タイミングを計るようにバットを小刻みに動かす。

(……)

 バットのヘッドが動いた!

(今だ!)

 俺は、術をかけた――

〔ブゥーン〕

 シチローのバットは空を切った。ボールがキャッチャーミットに吸い込まれる。

「ストライーク」

 審判のコール。

(よし、うまくいった)

 これで、シチローはシーズン最初のバッターボックスで空振りだ。二年連続の空振りゼロは防ぐことができた。そのとき、場内アナウンスが――

『始球式は、歌手のアヤさんでした。もう一度大きな拍手を……』


あとがき

2005年03月07日

代走選手

 ジョウジは、球団事務所に呼び出されたとき、解雇を覚悟した。プロ野球チーム『ジャッカルズ』に入団して5年、二軍でもまともな成績を残したことがない。

「今日、君を呼び出したのは、来期の契約について話をするためだ。分かっていると思うが、君の今までの成績では来期の契約を結ぶわけにはいかない」

 ジョウジは、黙って聞いている。うなづくどころか、表情すら変えることができない。

「しかし、ある条件を飲んでくれれば、3年契約を結ぼうと思う」

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。3年契約という言葉が、頭の中を素通りしていく。意味を理解するまで、どのくらいの時間が経っただろう。

「3年契約ですか?」

「そうだ。それは、あくまでも我々の実験に協力してくれることが前提だ。そして、この実験が成功すれば、君は一流選手の仲間入りをする。3年どころではなく、今後の人生が大きく変わる」

 信じられない。こんなうまい話があるはずがない。絶対に裏がある。

「しかしながら…」

 ほら来た。やはり裏がある。

「この実験は、成功するという保証はない。そして、君はこの実験について、誰にも話をしてはいけない。家族にも…。もし、君がこの条件を飲めるのであれば、3年契約を結び、早速実験に入るのだが…」

 そんなことか。小さい頃から、プロ野球で活躍することだけを夢見て過ごしてきた。その夢を捨てることに比べれば、そんな条件なんでもない。

「約束します。実験に協力すること、誰にも言わないことを…」

「そうか。よく言ってくれた。では、この契約書にサインをしてくれ。その後で、実験の説明を行う。君はもう後戻りはできない」


 ジョウジはその夜、ひとりで酒を飲んだ。実験のことを考える。不安がない訳ではない。しかし、成功している姿しか思い浮かばない。思わず、笑みがこぼれる。

 球団の説明によると、実験の内容は以下のようなものであった。

・親会社である製薬会社が、成長ホルモン類似物質を開発した。
・動物実験の結果、この物質の摂取で足が発達することが判明した。
・脚力が上がることで、速く走れるようになる。
・動物実験では、健康への影響は見られない。
・球団は、ジョウジの走力を向上させて足のスペシャリストとすることを考えている。

 もちろん、ジョウジも分かっている。こんな実験、有望選手にできるわけがない。それでジョウジに白羽の矢が立っただけのことだ。

 実験が始まった。薬を注入して、トレーニングをする、この繰り返しであった。結果は驚くべきものであった。足の発達が、とにかく速いのだ。実験で使用したどの動物よりも。そして、ジョウジの走力は着実に向上していった。

 しかし、弊害もあった。足だけが発達することで、体のバランスが崩れるのだ。足だけは速くなるが、全体的な運動能力は逆に低下するようだ。ジョウジの打撃や守備に関しては、実験前よりもはるかに能力が落ちた。そのため、実験が成功しても代走にしか使えない。ジョウジには、盗塁成功率100%という厳しい目標が課せらた。

 更に実験は続いた。100m走のタイムは10秒を切った。しかし、盗塁成功率100%とはいかない。更に、薬の注入を続ける。既に動物実験での最大摂取量を超えている。しかし、まだ足りない。
 薬の摂取量を増やすと、その効果は加速度的に増加するようであった。ジョウジの足の成長速度は、ますます速くなっていく。


 ついに、ジョウジの盗塁成功率が100%に到達した。絶対にアウトにはならない。ジョウジの一軍デビューが決まった。

ランナー○○に変わりまして、ジョウジ。背番号89】

 場内にジョウジの名前がコールされた。試合を決まる大事な場面。ジョウジはゆっくりとベンチを出た。


 ジョウジが、ベンチから一塁まで歩いていく姿を見て、球場には異様などよめきが響いた。確かに、これでは代走以外には、絶対に使えない。100%の盗塁成功率が求められるはずだ。異様に発達した前足と後足。体でバランスをとって二足歩行など到底できない。しかし、走ると速い。まるで、獣のように…。




 あとがき

2005年01月28日

サッカーヒーロー

 俺は、サッカー選手だ。日本代表の一員として、この大舞台のピッチに立っている。
 俺の特徴は、視野の広さだ。そう、他のプレーヤーよりも、周りがよく見えるのだ。試合中は、自分を除いた敵、味方、合計21人が、どこにいて、どう動いているのかが、はっきり判っている。これによって、常に最高の選択ができるのだ。
 自分の特徴に気がついたのは、いつ頃だっただろう。中学に入る頃には、他の人と少し違うと気がついていたような気がする。それまでは、これが普通だと思っていた。まあ、今でも人の動きが攫めない状況というのが、信じられないのだが。人は、自分が経験していないことは、理解できないものだ。

 最近、この能力に磨きがかかってきたような気がする。街を歩いていても、人の動きが、かなり広い範囲で判るのだ。特に、集中したときはすごい。たくさんの人の動きが、スローモーションのように感じるのだ。そう、感じる。見えるというより、感じるという感覚。日本代表として、重圧のかかる中で、プレーすることが多くなり、感覚が研ぎ澄まされてきたのだろう。

 今日は、ワールドカップ出場を賭けた大事な試合だ。そのためか、いつもより感覚が鋭くなっている気がする。まだ、試合開始前だというのに、ピッチにいる全員の心臓の動きまで判るようだ。今日は、いつも以上の活躍ができそうだ。

<ピッー>

 試合開始の笛が鳴った。また、一段と集中力が高まる。

<グゥン>

 意識の範囲が広がった。すごい集中力だ。今までにない感覚。そして、全ての人の動きが手にとるように、判る。感じる。

 そう、全て感じるのだ。ちょっとした足の動き、手の動きまで。スタジアムにいる、5万人の観衆全ての動きが。
 5万人の中から、ピッチにいる21人の感覚を探すのが大変だ。感じているんだ。プレーヤーの動きも。ただ、観衆の動きに埋没して…。

<ピッー>

 試合が終了した。俺は、真剣に引退を考えた。

2005年01月17日

ツボ効果

 発端は、オリンピックでの、中国の金メダルラッシュであった。
 当初、ドーピングが疑われた。しかし、検査の結果完全に否定された。中国には長い漢方の歴史がある。これによって、何らかの生薬が使われたのではないかとも言われた。しかし、事実は違った。

 肩甲骨のあたりに椎挫というツボがある(←ウソです)。中国の選手は全員このツボに小さなテープを貼っていたのだ。そしてテープの下には、小さな磁石。このツボに磁力を当てることにより、運動能力が格段に向上することを見つけたのだ。この事実が、公開されたとき、世界は騒然となった。

 各国は、競ってこのツボの研究を始めた。ツボの正確な位置、効果の程度、磁力の強さ、他のツボの探索、さまざまな研究が進められた。特に、小さく、磁力が強いほど効果が高いことが判明してからの、強力磁力材料の開発競争は凄まじかった。

 また、この効果には個人差が大きいことも判明した。全ての人に効果はあるが、少しの効果しかない人、大きな効果のある人などさまざまであった。このことは、各国の代表選手選考に大きな影響を与えた。通常での能力より、ツボ効果後の能力が重視されたため、ツボ効果の大きい選手ほど有利になったのである。

 このツボは、一般にも普及した。各メーカーがこぞってツボ用磁石を発売し、飛ぶように売れて行った。学校の運動会ですら、ツボに磁石を貼ることがあたりまえとなっていった。

 マナブは、このことに全く興味を示さなかった。小さい頃から運動が嫌いであったためかもしれない。運動会でも他の生徒が磁石を貼る中で、マナブだけが用意していなかった。順位なんかどうでもいい、とにかく早く終わってくれ、これがマナブの気持ちであった。マナブが百mを走る番になった。

「おまえ、磁石貼ってるか?」

 同級生のひとりが言った。

「いや」

「俺、もう一つ持っているから貸してやるよ」

「いいよ」

「そう言うなよ。ほら」

 そう言って、マナブの体操服をめくり上げ、無理やりツボに磁石を貼った。

(……)

 マナブの背筋に衝撃がはしった。
体が軽い。体中の感覚が鋭敏になったようだ。時間がゆっくり流れているように感じる。

 スタートの合図。マナブは走り出した。競争に勝とうという気はない。ただ、走るのが気持ちよかった。風を感じながら、ただ走った。
 他を引き離して一着でゴール。他の生徒も、みんな磁石を貼っている。その中でも、マナブはけた違いに速かった。
 マナブは、ツボ効果が極端に大きい特異体質だったのだ。

 マナブはオリンピック強化選手となった。磁石を着けたマナブには誰もかなわなかった。短距離では金メダル間違いなしと言われ、国中の期待を一心に集めるまでになった。
 マナブは、今までがウソのようにスポーツに夢中になった。自分がオリンピックで金メダルを採り、みんなに祝福される姿を夢見ていた。

 短距離のコーチは、マナブの将来を考えた。多分金メダルは採れる。それでどうなるのだ?今は、国中が金メダルを期待している。しかし、金メダルを採った後、努力もなく体質だけで成功したマナブは非難の対象となるだろう。今後、競技会でのツボ利用は禁止される。そうなるとスポーツで生きていくこともできない。国中から非難を浴び、自分の唯一の特徴である体質も活かすこともできない。そんな生活をしなければならなくなる。かといって、国中が期待している状況で、オリンピック出場辞退や出場してメダルを逃すというのも自殺行為だ。

「まあ、いいか。金メダルが採れれば」

 コーチにとっては今回のオリンピックでメダルが採れれば、それでよく、将来のことは他人ごとであった。

 どう転んでも、真っ暗の未来。特異な体質を持っていたというだけで、逃れられない運命。そのことに本人はまだ気がついていない。

2005年01月15日

ドーピング

 マラソンで、始めて2時間を切ったのは、名もない小さな国の選手だった。名前をカンと言う。カンは、森林に住む少数民族オート族の人間である。オート族は、今も文明とは、かけ離れた生活をしている。偶然、オート族の生活を目にした関係者によって見い出され、マラソンに参加したのだ。
 しかし、数日後、衝撃的な見だしが新聞に躍った。
 
【オート族の英雄カン、薬物使用】

 ドーピング。この現代的な響きに最も似合わない選手、それがカンであった。カンが、自ら望んでドーピングを行なったのではないことは、明らかであった。誰が、何のために、カンに薬物を注入したのか?人々の関心は、その一点にあった。徹底的な調査が行なわれたが、結局、真相は謎のままだった。
 そして、オート族やカンという名前も、次第に人々の記憶から消えて行った。

 十年後、一人の科学者が、熱帯雨林に生息するある種の植物に、天然には存在しないと考えられていた薬物が含まれていることを発見した。この薬物は、興奮剤の一種として知られている。この発見は、特に騒がれることもなく、ひっそりと小さな専門誌で報告された。
 この植物が、オート族の主食であること、そして十年前に世間を騒がしたカンとの関係に気付くものはいなかった。

幻のサウスポー

 トシユキは、プロ野球チーム”シャークス”のスカウトだ。今、太平洋の小さな島国、レハンにいる。レハンは、人口約一万人の小さな国で、国民のほとんどが漁業に従事している典型的な漁業国だ。
 30年前に、ひとりの日本人がこの国に野球を伝えた。レハンの国民気質に合っていたのか、瞬く間に野球は人気のスポーツとなった。
 2ヶ月前、レハンに始めての本格的な野球場がオープンした。その、こけら落としにシャークスが招かれ、レハンの選抜チームと親善試合を行なった。もちろん、力の差は歴然で、試合は大差でシャークスの勝利となった。

 トシユキがこの国に来たのは、スカウト活動のためである。もちろん、レハンには、現時点でプロのレベルを持った選手はいない。しかし、親善試合でみせたレハン選手の潜在能力を評価したのである。レハン選手の技術は、日本の高校野球にも及ばない。しかし、その身体能力はすばらしく、トレーニングによっては、大化けする可能性がある。若く有望なレハンの選手を、練習生として受け入れ、日本式のトレーニングによって、一流の選手に育て上げようというのが首脳陣の考えである。

 トシユキは、特に身体能力が高く、日本行きの希望が強い15才の少年ユタをスカウトした。契約を済ませ、ここでのトシユキの仕事は終了した。明日、日本に帰る。ただ、ひとつだけ、心残りがある。

(やっぱり、居なかったな。幻のサウスポー)

 2ヶ月前、シャークスの若手選手が、移動中のバスから、空き地で投球をしている左投げのレハン人投手を見た。そのとき、とてつもなく速く、切れのあるボールを投げていたというのだ。離れたバスの中から、一瞬見ただけなので、自信はないということで誰も本気にはしなかったが・・。
しかし、若いとは言え、プロの選手が見たのだ。簡単に見間違う訳がない。トシユキは少し期待していた。 しかし、見つからなかった。小さな国である。野球をしている人数もたかが知れている。本当に居ればとっくに見つかっているだろう。

(帰る前に、ユタに会っておこう)

 トシユキは自分がスカウトした若者の家に向かった。
ユタは漁に出ているようであった。トシユキは、海に向かった。沖に小さな舟が浮かんでいる。

「ユタだ」

 上半身裸の若者が、船の上に立ちモリを構えている。

「シュッ」

 若者がモリを放った。トシユキのところまで音が届くはずはないのだが、確かに空気を裂く音を聞いたような気がする。

「あの、不安定な船の上で、狙った場所に投げる。うまいものだ。遠くてはっきり判らないがスピードもとんでもない。これがレハン人の…」

 そこまで言ったとき、トシユキはあることに気が付いた。

(今、左で投げていた!)

 ユタは右投げのはずである。トシユキ自身が確かめた。しかし、今確かに左でモリを投げた。

「どういうことだ」

 トシユキは、漁から戻ってきたユタを捕まえて聞いた。

「さっき、左腕でモリを投げなかったか?」

「レハンの人間は、みんなこっちでモリを投げる」

 ユタは左手を指して、当然のように答えた。
 トシユキがみたレハンの選手は、全員右でボールを投げていた。しかし、モリは全員左で投げる?

「おまえ、なぜボールは右で投げる?」

「野球ってそういうものじゃないのか?」

 全てがわかった。野球がこの国に伝わったとき、ルールを教えた人間が右で投球したのだ。それを見て、右で投げるのがルールだと勘違いした、それが始まりだった。そして野球をするための道具、グローブも右利き用のものしか用意されなかったのだろう。そのため、レハンでは野球の時はみんな右で投げるのが習慣となったのだ。

「それに…」

 ユタが続けた。

「左で投げたら、打てるわけがない。野球にならない」
 
 トシユキは呆然とした。いくら将来性期待とはいっても、プロにスカウトしたのだ。利き腕と反対の腕でボールを投げている選手を。もし、利き腕で投げたら……。

「ユタ。野球仲間を集めてくれ!」

 広場に5人の若者が集まった。

「おまえたちが左でボールを投げる姿が見たい。誰か投げてみてくれ」

 少年達は顔を見合わせた。

「僕が投げるよ」

 一番小さな少年が言った。少年はマウンドに上がり、ミットを構えたトシユキを見た。

「投げるよ」

 そう言って、少年がモーションを起こした。

 グウォォーン。

 うなりをあげて、ボールがミットに飛び込んだ。

(155キロ)

 トシユキの目測。キレも抜群だ。

「もう一球」

 そう言って、外角低めにミットを構えると、そこに寸分たがわず、ボールを投げ込んできた。幼い頃からモリを正確に投げて来た子供達だ。コントロールも完璧で当然である。
トシユキは、これほどのボールを投げる投手を今まで見たことがない。それも一番小さな少年だ。他の子はもっとすごい球を投げるのだろう。トシユキは身震いした。

(野球界に革命が起こる)

 そして少年の次の一言で、更に身震いが激しくなった。

「ねえ。もうちょっと速く投げていい? 捕れる?」

 何ということだ。少年は、球を受けるトシユキを案じて手加減していたのだ。

 幻のサウスポーは存在した。それも大勢。
シャークスの若手選手が見たのが誰なのかはわからない。この国の誰かが、遊びで左で投げていたのを、たまたま見ただけだ。それが誰であっても、若手選手を驚かすのに充分であっただろう。


 太平洋の小さな国レハン。今や、ここは農業だけの国ではない。多くの若者が、多額の外貨を稼ぐ、世界でも有数の金持ち国家となった。