まえぞうのショートショートへようこそ。全部読み切りで、短い時間で読める小説です。ラジオドラマにも採用されています。少しの間、楽しんでいって下さい。

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2007年05月31日

天才チンパンジー

 朝、目覚めるとチンパンジーになっていた。ぼんやりとした頭で昨晩の記憶を辿る。確かひとりで酒を飲みながらテレビを観ていた。そうだ、思いだした。テレビで天才チンパンジーの特集をやっていたんだ。マイちゃんというチンパンジーが、足し算をする内容だった。誰かが問題を出すと、紙に答の数字を書くというものだ。かなり酔っていた俺はそれを観て叫んだ。

「いいよな、チンパンジーは! それくらいで天才なんて呼ばれて。あーあ、俺もチンパンジーになりたい!」

 人間の中では馬鹿の方に分類されている俺は、ついそう言ったのだ。その後のことは覚えていない。神様か何かが望みを叶えてくれたのかもしれない。まあ、人間に未練がある訳でもないのでチンパンジー生活でも始めてみようと思った。
 とりあえず天才チンパンジーを目指すことにした。慣れない体で動きがぎこちなく、特に細かい動きが難しい。天才チンパンジーになるには数字が書けなければならないが、チンパンジーの手というのはそういうことに向いていないらしい。かなりの訓練の後、何とか数字だけは書けるようになった。
 それから外に出た。チンパンジーがいるということで少し騒ぎになったようだが、俺はおとなしく捕まった。そして動物園に送られた。
 俺は飼育員の前で地面に指で数式を書いた。

「2+3=5」

 飼育員はそれを見て驚いた。俺は続けて書いた。

「3+4=7」

 飼育員の目が輝いたのが、はっきりと見えた。俺は天才チンパンジーとして、大々的に売り出され、その動物園の目玉となった。
 注目を浴びたのを確認して、俺は引き算を披露した。あのマイちゃんにはできない芸当だ。これで、完全に勝った。天才チンパンジーと言えば俺のことを指すようになり、以前人気だったマイちゃんは忘れ去られていった。

 注目されるというのは気持ちがいい。俺は、天才チンパンジー生活を思いっきり満喫した。人間時代には感じたことのない幸福感に満たされていた。

 そんなとき、テレビを観ていた飼育員の目が曇ったことに気付いた。画面を見てみると、あのマイちゃんが映っているではないか。完全に忘れさられた筈なのに、またテレビに出ている。
 映像では以前と同じように、出された問題の答えを書くマイちゃんの姿が映し出されている。その問題を見て俺は驚いた。そして、画面の下にはキャッチコピーがはっきりと書かれていた。

『天才チンパンジーのマイちゃん。分数の足し算に成功!』

 事態を理解して、俺は呆然となった。完全な敗北だ。これで、もう俺に注目が集まることは二度とない……。

あとがき
posted by まえぞう at 18:39| Comment(10) | TrackBack(0) | 現代劇風ショートショート

2007年05月26日

新人投手

「野球をやってみないか?」

野球部の監督から誘われた。僕の肩の強さをかってピッチャーとしてスカウトしてきたのだ。実は僕は誰よりも速いボールを投げることができる。

「はい、やってみます」

 すぐに答えた。野球は人気スポーツなので今より注目されるだろうと思った。

「早速だが投球練習をしてみてくれ」

 監督に言われるままボールを投げてみた。

「凄い!噂通りの豪速球だ!コントロールもいい」

 監督が驚いたように言った。当然だ。今までやってきたスポーツで、凄い練習をしてきたのだから。

「今から紅白戦をするから投げてくれ」

 いきなり実戦練習をすることになった。僕は言われるままマウンドに立った。
 打者がバッターボックスに入る。それを見て第一球を投げた。

「デッドボール!」

 僕の野球人生の一球目は打者に当たってしまった。ボールが速過ぎて避けることもできなかったようだ。

 二人目
「デッドボール」

 三人
「デッドボール」

 四人目
「デッドボール」

 五人目
「デッドボール」

「もういい。投げるのは止めてくれ」

 監督にそう言われた。長年の癖は簡単に抜けるものではなかったようだ。僕の野球人生は四球で終わった。
 やはり無理だったのだろうか? ドッジボールから野球への転向は。


あとがき

2007年05月22日

健康オタク

 朝の散歩の途中、立ちくらみがして、その場にしゃがみ込んだ。体がとてつもなく怠くて、意識も朦朧としてくる。どうしたのだろう? 最近体調が悪い。病気にでもなったのかとも思ったが、俺に限ってそんな筈はない。
 俺は健康には人一倍気を使っている。こうやって毎朝一時間散歩しているのも健康のためだ。当然、食事にも気を使っている。食物繊維の多い野菜を摂ることを心掛けている。各種ビタミン類やミネラルも不足しないようサプリメントで摂取している。アントシアニンやリコピン、カテキンやカロチンだってちゃんと補充しているのだ。これだけ気を使っているのだから病気になる筈がない。
 そうは思っても強烈な倦怠感は治まる気配がない。だんだん気が遠くなっていく。結局、俺はその場で意識を失った。

 気がつくと、病院のベットの上だった。右腕から伸びているチューブは点滴につながっている。どうやら本当に病気だったようだ。ベットの横に医者の姿が見えた。

「俺は、どんな病気なんですか?」

 医者はその言葉に答えず無言で俺を見下ろしていた。何故か無性に悔しい。俺のように、健康のため節制している人間が病気になるなんて理不尽な気だ。好きなものを好きなだけ食べていても、健康な奴がいるというのに。自分の食生活を振り返る。糖分は肥満や糖尿病の原因になるので控えてきた。分解して糖になる炭水化物も同様だ。高脂血症やコレステロールの原因になる脂肪分や、肝臓に負担をかけるタンパク質なども摂らないようにしてきた。これほど大変な摂生生活をしていたのに病気になってしまうなんて。俺は神を恨んだ。

 医者は、そばにいた看護婦に「後は任せた」と言うように、目配せをして部屋を出て行った。

「俺の病気は何なんですか?」

 俺は、看護婦に向かって大声で訊いた。
 すると看護婦は、俺の眼を見て小さな声でつぶやいた。

「栄養失調です」


あとがき
posted by まえぞう at 17:41| Comment(6) | TrackBack(2) | 現代劇風ショートショート

2007年05月19日

非科学的な話

 小さく、薄暗いバーのカウンターで、ヤマダとカワダは並んで酒を飲んでいた。ふたりは会社の同僚で、飲み仲間だ。今はいつものような和やかな雰囲気ではなく、どこと無く緊張感が漂っている。ふたりとも無言だ。

 ヤマダは、考えていた。
『俺の秘密をカワダに知って貰いたい。思い切って言ってみようか? でも俺に超能力があると言っても、今まで誰も信じてくれたことはない。みんな非科学的だと言って笑うだけだ。カワダにも同じ反応をされたらどうしよう。考えてみたらおかしな話だ。超能力が実在するかどうかなんて俺にとっては議論の余地すらない事実だ。いくら非科学的でも、実在するものは実在するのだ。いつでも能力が発揮できるとは限らないために、証明できないだけだ。それを非科学的だと笑うなんて。でも、カワダならわかってくれるかもしれない。何となくそんな気がする』

 カワダは考えていた。
『俺の秘密をヤマダに知って貰いたい。思い切って言ってみようか? でも俺に霊が見えるなどと言っても、今まで誰も信じてくれたことはない。みんな非科学的だと言って笑うだけだ。ヤマダにも同じ反応をされたらどうしよう。考えてみたらおかしな話だ。霊が実在するかどうかなんて俺にとっては議論の余地すらない事実だ。いくら非科学的でも、実在するものは実在するのだ。見えない人には全く見えないために、証明できないだけだ。それを非科学的だと笑うなんて。でも、ヤマダならわかってくれるかもしれない。何
となくそんな気がする』

「ちょっと話があるんだけど」

 ふたりが同時に言った。

「じゃあ、そっちからどうぞ」

 またふたり同時に同じことを言った。

「それなら、せーので同時に言おう」

 この言葉も同時だった。よほど気が合うのだろう。

「いくぞ、せーの」

「俺には超能力があるんだ」
「俺には霊が見えるんだ」

 その後、少しの間をおいて、またふたり同時に同じことを言った。

「何、非科学的なこと言ってるんだ? バカじゃないか? こいつは大笑いだ!」


あとがき
posted by まえぞう at 13:19| Comment(12) | TrackBack(0) | 現代劇風ショートショート

2007年05月08日

眼鏡の女性

「はじめまして」

 そう言って挨拶してきた女性の顔を見て、僕は卒倒しそうになった。牛乳瓶の底のような眼鏡というものが実在することを初めて知ったのだ。レンズが分厚く、何も透けて見えることはない。おまけにレンズが妙に大きい。顔の半分が眼鏡で隠れているような印象。美人か不美人かという以前の問題だ。
 僕は小さい頃から、許婚がいると聞かされて育ってきた。今どきそんなことがあると言っても信じられないかもしれないが、僕の家系では結婚相手は代々親が決めることになっている。逆らうことが許されない掟だ。そして、今日初めて会った許婚がこの牛乳瓶だったのだ。来月には彼女と結婚しなければならない。僕の頭は真っ白になった。

 許婚ってどんな女性なのだろう? 僕はずっと想像してきた。金持ちのお嬢さんだとは聞かされていた。ちやほやされて育ったのだろうから、性格には期待していなかった。ただ、お嬢さまならば外見は美人だろうと勝手に思っていたのだ。そのイメージが完全に崩れてしまった。
 それから当分の間、ふさぎ込んだ。あの時少し話しただけで性格の悪さは想像通りだとわかった。そして、あの外見。僕はそんな女と一生過ごすことになるのだ。

 あるとき、ふと疑問が芽生えた。

「何故あんな眼鏡をしてるんだろう?」

 分厚くてレンズ越しには顔も見えない大きな眼鏡。彼女の家は金持ちなのだ。どんなに度が強くても、今の技術ならもっと薄いレンズが作れる筈だ。そしてもっとセンスのいい小さなフレームを使えばいいじゃないか。いや、眼鏡である必要すらない。コンタクトを使ってもいいし、視力矯正手術を受けてもいい。金はいくらでもあるのだ。

 この疑問の答はひとつしかない。彼女は敢えてそんな眼鏡を着けているのだ。そしてその理由は……。僕の期待は大きく膨らんだ。彼女は、お嬢さんだ。その大事に育てたお嬢さんに悪い虫をつける訳にはいかない。そこで、あんな眼鏡をかけて男が寄り付かないようにしているに違いない。昔のマンガによくあったではないか。不細工だと思っていた女性が眼鏡を外すと絶世の美女だったというパターンが。そのことに気付いてから、僕は彼女と結婚する日が待ち遠しくなった。

 そして、僕たちは結婚した。
 その夜、彼女の素顔を初めて見ることになった。彼女が眼鏡に手をかけた。僕はどきどきしながらその光景を眺める。眼鏡をゆっくりと外す……。そして、眼鏡を外した彼女の顔が目に入った。
 その瞬間、僕は本当に卒倒してしまった。ショックで気が遠くなる。薄れゆく意識の中で僕の心が叫んだ。

「そういうことだったのか! もう二度と眼鏡を外さないでくれ! その方がましだ!」

 あの眼鏡は、少しでも顔を隠すためのものだったようだ。

あとがき
posted by まえぞう at 20:02| Comment(5) | TrackBack(0) | 現代劇風ショートショート